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大阪地方裁判所 昭和30年(ワ)394号 判決

主文

被告は原告に対し金二五、四九〇、七五〇円、及びこれに対する昭和三〇年二月一二日以降完済に至るまで、年六分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は原告において金八、〇〇〇、〇〇〇円の担保を供するときは、仮に執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は、主文第一、二項同旨の判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、原告会社は昭和二九年四月、従前の資本金三二、五〇〇、〇〇〇円を資本金一三〇、〇〇〇、〇〇〇円に増資することを決定し、右新株の申込を募集したところ、右新株の発行につき、株金払込取扱銀行である被告銀行大阪支店は、訴外山根芳夫、同山口晃章、同中原良太が計三七八、五二二株について、一株金五〇円の割合による払込を現実になしたものとして、同月一六日金一八、九二六、一〇〇円の株式払込金保管証明書を支店長島村武夫名義で発行し、被告銀行京都支店は、訴外森田高が一三一、二九三株について一株金五〇円の割合による払込を現実になしたものとして、同月一六日金六、五六四、六五〇円の株式払込金保管証書を支店長小林信行名義で発行したので、原告会社は右保管証明書により翌一七日新株発行に因る変更登記手続を了した。然るに被告は前記訴外人等から現実の払込がなかつたことを理由に右払込金の返還に応じない。よつて被告に対し、右保管証明にかかる二口の払込保管金合計金二五、四九〇、七五〇円、及びこれに対する本件訴状送達の翌日以降完済に至るまで年六分の割合による損害金の支払を求めるため本訴請求に及ぶ、と陳述し、被告の抗弁事実を否認し、仮に抗弁(一)記載の如き指示があつたとしても、これは偶々会社取締役であつた者の個人の行為であつて、法律上会社の行為とはなし得ず、取締役個人の不正は保管証明書の効力に何等の影響を持たない。抗弁(四)の主張に対しては商法第二〇一条第一項の規定を引用する、と述べた。

立証(省略)

被告訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として、原告主張の請求原因事実中、被告銀行大阪支店及び京都支店が原告主張の日にその主張の様な株式払込金保管証明書を発行したことは認めるが増資決定の点及び現実払込があつたとの点は争う。と述べ、抗弁として、

(一)  本件払込金保管証明は、当時の原告会社代表取締役阪上信章、取締役上田宗三郎、同宮下好季、監査役阪上忠雄等が共謀の上、訴外計理士和田常蔵に依頼して原告主張金額に相当する株式の払込の仮装を企て、仮空人である山根、山口、中原、森田等を新株引受人として、被告銀行に対し、虚偽の株式払込金保管証明書の発行方を申入れ、被告銀行は右原告会社役員即ち原告会社の指示に従つて右の趣旨の証明書を交付したのに過ぎないもので、原告会社は右事実につき悪意であり、会社が善意であつていわゆる「預合」に該当する場合ではない。仮にこの場合でも「預合」に該当するとしても、原告会社は右払込、保管の虚偽である事実を事前事後に承認している。よつて商法第一八九条第二項(同法第二八〇条の一四により準用)は適用されず、被告は現実の払込のなかつたことを以て原告に対抗できる。

(二)  本件払込、保管については、その前提行為である株式引受が全然欠如している。即ち、前記のとおり本件新株引受人は全くの仮空人であり真実の引受人が存在しない(いわば原告会社の自己引受と同様である)のであるが、前記商法第二八〇条の一四、同法第一八九条第二項の法意は、所謂「預合」につき払込取扱銀行が罰金を会社に支払うのではなく、真実の引受人に代つて会社に支払うのであるから、銀行が支払つた場合は、銀行は当然会社に代位して真実の引受人に支払金を求償し得る構造の存在を必要とするから、真実の引受人が全くない場合においては右法条の適用がない。そして、何人も損害賠償以外に民事的罰としての出損を義務づけられる理由がないから、もしかゝる場合に右法条が適用されるとすれば右法条自体か或はその解釈は憲法に違反するものである。

(三)  次に株式引受人の存在しない株式払込金の支払請求は、会社が株主権の附着しない株金の払込を請求することになるから、違法である。

(四)  又、株式引受が成立しない場合には、商法第二八〇条の一三により既に原告会社取締役全員は共同して原告主張の株式払込金に相当する新株を引受けたものと看做され右株式の共有関係を生じているから、この場合には会社は右引受人となつた取締役に株金払込を請求すべく、仮空引受による払込金の請求はできない。これを選択により請求できるとするのは、権利濫用の甚だしいものである。

(五)  仮に然らずとしても、元来原、被告間の株金払込取扱契約は偽造の株式申込証、申込証拠金領収証偽造文書を以て株金の払込を仮装する目的を以てなされた契約であるから、民法第九〇条に違反し当然無効であつて、その後の手続たる保管証明書の交付請求、及びその作成交付等一切の行為は無効である。

(六)  仮に然らずとしても、原告の本訴請求は全く虚偽の事実に基づくものであり、全体として余りにも甚しく善良の風俗に反し、信義誠実の原則に反する請求である。

(七)  仮に然らずとしても、本件発生当時の原告会社代表取締役及びその他の役員は共謀の上、本件株金払込の義務を負うべき株式引受人の成立、換言すれば被告会社の前述引受人に対する求償権の成立を法律上、事実上不能ならしめる不法行為をなしたため、被告には前記民事罰的支払義務だけが残り、本訴請求金額と同額の損害を被むるに至つたのであるが、右代表取締役の不法行為につき原告会社自体に損害賠償責任が存するから、被告は原告に対し右損害賠償請求債権を以て本訴において相殺する。

(八)  最後に、以上の抗弁がすべて理由ないものとしても、被告銀行大阪支店は、昭和二九年四月一七日原告に対し、保管証明をした払込金の内金二、七〇〇、〇〇〇円については振出人和田常蔵、支払人滋賀相互銀行なる小切手で、残金についてはこれを現金で全部返還し、被告銀行京都支店は、同月一九日原告に対し、その保管証明をした払込金を全部現金で返還した、よつて本訴請求は理由がない。

と陳述した。

理由

被告銀行大阪支店及び京都支店が原告会社に対し、原告主張の日にその主張の様な株式払込金保管証明書を作成交付したことは当事者間に争がない。そこで先ず本件新株発行の経緯について検討すると、成立に争のない甲第一号証、同第二号証の一、二、乙第三号証、同第五号証の二、第六、七号証、証人和田常蔵(第一、二回)同小林信行、同上田宗三郎(第一、二回)の各証言によれば、原告会社は昭和二九年三月頃取締役会において資本の額を金三二、五〇〇、〇〇〇円(発行済株式総数六五〇、〇〇〇株)から四倍増資即ち金一三〇、〇〇〇、〇〇〇円(発行済株式総数二、六〇〇、〇〇〇株)に増加(全部旧株主に割当、うち無償増資一対一・五、有償増資一対一・五、即ち有償払込金四八、七五〇、〇〇〇円)することを内定し、株式会社三和銀行南支店を株金払込取扱銀行と指定して右新株の申込を募集したのであるが、払込期日の迫つた同年四月一二日頃に至り金二五、〇〇〇、〇〇〇円余の払込不足を生ずべきことが明らかになつたので、当時の原告会社の代表取締役阪上信章、取締役上田宗三郎、同宮下好季、監査役阪上忠雄は増資の失敗に帰すべきことをおそれ、如何なる手段によるも払込を完了せしめようとし、新たに被告銀行をも株金取扱銀行に指定すると共に、同人等共謀の上、計理士和田常蔵に依頼し、現実の株金払込なくして、払込の効果を収めるいわゆる仮装払込の手段を執ることを企て、和田はかねて自己の取引関係のあつた被告銀行大阪及び京都各支店長と通謀の上、株式引受人から全然株金となるべき株式申込証拠金の払込がないのに拘らず、大阪支店においては、同支店が和田への貸付を仮装し、同人振出名義とした金九、三〇〇、〇〇〇円の約束手形、和田が振出を仮装した滋賀相互銀行宛合計金七、二〇〇、〇〇〇円の小切手、和田が同銀行に有する預金の払戻を仮装した同人振出名義同銀行京都支店宛の金二、四〇〇、〇〇〇円の小切手及び現金端数若干を以て、合計金一八、九二六、一〇〇円を、京都支店においてもほゞ同様の方法により合計金六、五六四、六五〇円を仮空の引受人である森田、山根、山口、中原等四名の新株申込証拠金として同人等が真実被告銀行に払込んだ様に帳簿上仮装し、被告各支店は和田を介して原告会社に対し前記争ない事実の通りの払込金保管証明書を作成交付し、原告会社は右証明書により新株発行に因る変更登記を了し、さらに右仮装払込保管金の払出を仮装するため、和田は、かねて上田から預つていた原告会社の印鑑を使用して、虚構の保管金領収証を作成の上これを被告に交付し、被告銀行は何等現実に金銭の授受をしていないのに拘らず、これと引換に真に原告に払込保管金を返還した如く帳簿上の形式を整えたものであることが認められ、証人小林信行、同阪上忠雄、阪上信章、同上田宗三郎の証書中右認定に反する部分はそのまま措信し難く、他に右認定を左右すべき証拠もない。

そして、払込取扱銀行である被告銀行は、前記の如き払込金保管証明を為した以上、その金員が真実払込まれ保管されたものであると否とに拘らず、会社に対してはその払込がなかつたことを主張できないことは商法第一八九条第二項第二八〇条の一四により明白であるから、証明銀行は会社に対し、その証明金員の返還義務があるものということができる。

そこで、以下被告の抗弁について順次判断する。

(一)  被告は、原告会社は本件払込、保管の虚偽、仮装であることにつき悪意であり、又、これを事前、事後に承認しているから、かゝる場合には商法第二八〇条の一四、第一八九条第二項はその適用がないと主張するが、元来真実払込がないのにその払込を仮装する行為は通謀虚偽表示であつて当事者間の及び悪意の第三者の関係では当然無効となるべきところ、会社資本の充実をはかり会社債権者等を保護するため、特に商法は第二八〇条の一四、第一八九条第二項の規定を設けて、一旦銀行が払込金の保管証明をなした以上、たとえ払込が仮空であつても必ず右証明にかかる金員を現実に会社に返還することを要することとしたのであつて、右立法の趣旨に照せば会社の善意、悪意、又被告のいわゆる承認の有無を問わず、或は厳密な意味における「預合」に該当すると否とに拘らず適用されるのでなければ、右法条の趣旨は大半は達成し得られないことは明らかであり、又これらの事情の存否によつて適用の有無を区別すべき何等の実質的及び理論的根拠もないので、この点の被告の抗弁は理由がない。

(二)  次に被告は、本件においては払込、保管の前提たる株式引受につき真実の引受人が全くなく、銀行としては将来何人に対しても求償の方途がないから、かゝる場合は前記法条の適用がない旨主張するが、右法条は前叙の立法目的を達成するため、保管証明をなしたと言う外観上の事実が存在する限り、銀行はその証明の形式行為が真実に反することを理由にその返還を拒絶し得ないこととしたものであつて、銀行が将来他に求償し得るか否かは銀行の右返還義務に何等の消長を来すものではない。即ち、銀行としては、将来他に求償し得るから会社に対して返還義務を負うを至るものではなく、一旦自ら証明行為を為した以上は、禁反言の原則の趣旨に基き銀行に無条件に返還義務を負わせたものであり、ただ銀行が右法条により返還義務を履行した場合、その結果として第三者たる株式引受人に対し求償権を取得するに至るにすぎないのであるから、被告主張の論理は本末転倒であつて到底採用することはできない。そしてかような保管証明銀行の義務負担は、さきに為した保管証明なる自己の行為の結果であり、又かかる厳重な責任は、単に保管申込者とその承諾者との間の調整の目的のためではなく、会社とその多数の利害関係人の利益のために、資本充実を果さしめるという高次の目的より是認せられているものであるから、固より何等憲法は違反すべき筋合もない。なお附言するに、本件においては、引受人が仮空であつても原告会社の取締役が商法第二八〇条の一三により担保責任を負うことになれば、被告銀行は右取締役に対し求償し得る余地があるから、被告主張の様に求償の余地が全く閉されているわけではなく、この点からも被告の主張は理由がない。

(三)  又、被告は株式引受人がなければ株主権の附着しない株金請求と同様である旨主張するが、株主権の帰属の確定は保管金返還請求の要件ではなく、又、取締役の引受担保責任が法定せられていることは被告自身抗弁(四)において自認するところであるから、この抗弁も亦理由がない。

(四)  次に被告は、本件新株については既に原告会社取締役全員が商法第二八〇条の一三により共同して新株を引受けたものと看做されているから本訴請求は失当である旨主張するが、原告会社取締役が共同して引受けたと看做され従つて株主として払込義務を負担することとなつたとしても、原告の本訴請求は会社として、払込取扱銀行が保管証明をした払込金の返還を求める請求であつて、被告主張の事実の存在は、会社が資本充実のために与えられた手段のうち最も確実なものとして、被告に対し右請求をなすにつき何等の妨げとなるべきものではなく、従つてかかる請求は権利濫用になることもないから、この点の抗弁も採るに由ない。

(五)  次に被告は、原被告間の株金払込取扱契約は民法第九〇条に違反して無効であり、その後の手続たる保管証明書の作成交付等もまた無効であるから返還義務を負わない旨主張するが、元来本件の如く払込を仮装する行為は、強行法規に違反し、払込取扱関係当事者間のみに着服すれば、これを保護すべき理由も必要もなく、従つて本来無効たるべきものであること勿論であるが、法は、まさにかかる場合にこそ、前掲高次の必要に基き銀行に返還義務を負わせたのであつて、銀行の右返還義務は当事者の行為にその責任原因を求める限りにおいてはいわば無因責任ともいうべきものであるから、その責任は免れることができない。今かりに被告主張の見解に従うならば、通謀による払込仮装の場合、銀行は常に責任を免れることとなり、商法第二八〇条の一四、第一八九条第二項を適用すべき場合が全く存しないと云う不合理な結果に陥り、その立法趣旨を没却し、その不当なることは明白であるから、この点の抗弁も理由がない。

(六)  次に被告は、原告の本訴請求は良俗に反し、信義則に違反する旨主張するが、自ら仮装払込という違法行為を敢てした会社取締役個人の請求ならば兎も角、会社がその多数の利害関係人の利益を背後にして、払込銀行がその受託を証明する会社帰属の資本金の払戻を求めることには、良俗違反又は信義則違反をうかがわしめる何等の事由がないのみならず、原告の本訴請求は前記法条に則つてなされているにすぎないのであるから、この点の抗弁も理由がない。

(七)  次に被告は、原告に対して有する不法行為による損害賠償請求債権を以て払込金返還債務と相殺する旨主張するが、元来株式の払込は、通常の金銭債務の履行と異り、会社資本の充実をはかるため特殊の制約があり、その一つとして商法第二〇〇条第二項により株主は払込につき相殺を以て会社に対抗し得ない旨規定されているが、右規定の趣旨は払込取扱銀行から会社に対してなす払込金の返還についても当然株主対会社との関係と同様に考えることが出来、即ち商法第一八九条第二項に所謂「返還に対する制限」のうちには銀行から会社に対してなす相殺を含むものと解すべきであり、結局銀行としては証明に係る金員を必ず現実に返還することを要し、会社に対する債権を以て保管金返還債務の相殺を主張し得ないものと言わねばならず、従つて被告の相殺の抗弁はその余の判断をなすまでもなく理由がない。

(八)  更に被告は、保管金は現金又は小切手にて全額返還済であると主張をするが、被告主張の如き保管金現実返還については何等の証拠もなく、却つて前認定事実によれば、被告主張の返還事実とは、被告が会社取締役より、虚偽の保管金領収書を徴し、被告銀行内部において帳簿等の操作により返還形式を整えたことを指称するに過ぎないことが明らかであるから、この点の抗弁も採用し得ない。

以上の理由により被告主張の抗弁はいずれも採用できない。

してみると被告は原告に対し本件株式払込金保管証明に係る合計金二五、四九〇、七五〇円、及びこれに対する本件訴状送達の翌日たること記録上明らかな昭和三〇年二月一二日以降完済に至るまで年六分の割合による遅延損害金を支払うべき義務があり、原告の本訴請求は正当であるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、仮執行宣言につき同法第一九六条を適用の上主文のとおり判決する。

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